徹底分析「和食とワイン」
森上久生氏 ソムリエ、 ワインコンサルタント |
高岡信明 ワインコンプレックス代表 |
高岡今回は、〈レストラン サンパウ〉〈ベージュアラン・デュカス東京〉など名だたるレストランでシェフソムリエを歴任され、現在はコンサルタントとして多方面で、幅広く活躍されている森上久生さんにおいでいただきました。よろしくお願いいたします。
森上こちらこそ。
高岡森上さんがコンサルティングをされると、それまでワインが売れなかったお店でも、飛ぶように売れるようになる─と、業界では伝説的に語られていますね。
森上いえいえ、そんな大げさな話では(笑)。
高岡しかし、実際に業績をあげていらっしゃる。今回、この対談にお招きしましたのは、常々、なんとかして和食のお店にもっとワインが普及しないものかと考えておりまして、是非、森上さんのお知恵をお借りしたいな……と思ってのことなのです。
森上最近では、和食店でもだいぶワインを見かけるようになりましたね。
高岡以前よりはだいぶ、ワインを置いている和食店も増えてきました。しかし、まだまだやりきれていない─というのが現状のように思います。森上さんは、和食店のワインコンサルティングにも関わっておられますよね?
森上常時数軒の和食店のコンサルティングに関わる状態が、ここ数年ずっと続いています。
高岡実際に、和食店の経営者の方たちは、どんなワインを求めていらっしゃるのでしょう?
森上今、和食店の仕掛人たちが求めているのは、固定概念をくつがえすこと。和食=日本酒という固定概念だけでは、売り上げはなかなか伸びませんから。
高岡では、和食=日本酒という固定概念から脱却するには、どうしたらよいのでしょうね?
森上和食=日本酒を否定しているわけではないのですよ。実際、日本酒のコンサルタントとワインのコンサルタントを別々に立てている和食店もありますから。
高岡なるほど。
森上あたり前ですが、和食には日本酒が合います。その上でワインを導入し、売り上げを伸ばしたい─という発想で、経営者としては当然の思考ですよね。
高岡まだまだワインを置いている和食店は少数派。そういう意味では、和食店はワインがまだ踏み込んでいないマーケットゾーンですから、インポーターさんのチャンスもあるはずですね。
森上それも、かなり大きなチャンスです。しかし、ただワインを導入すればいいというわけではありません。
高岡お店の人たちが抱いてしまっている「ワインの知識がないコンプレックス」が、和食のお店になかなかワインが広まらない原因ではないでしょうか? ワインというと、いろいろと勉強しないと理解できない、取り扱いしづらい……というイメージがあって、どうしても取っ付きにくい。
森上原産地呼称とか覚えないと、ワインを語ってはいけないのでは……なんてね。だから「面倒だから、ビールと日本酒でいいじゃないか」と。
高岡そうなんですよ。
森上見当違いの「知識」の迷宮に、入り込んでしまうと、ワインはどうしても敷居の高いものになってしまいますね。
高岡そう。だから、和食店にワインを売り込む際には、アプローチの仕方が問題になってくると思うのです。
森上お酒を飲まない方がレストランで食事をされるとき、ノンアルコールドリンクを召し上がりますよね。お茶やジュースが、たとえば700円だったとしましょう。
高岡はい。
森上でも、「このお茶には、このジュースには、これこれこういう特徴があって、その特徴に合わせてこれこれのお料理をペアリングさせています」というサービスをすると、お客様はノンアルコールドリンクに1200円払っても充分満足される。
高岡なるほど。売り上げも伸ばせるわけですね。
森上そもそも食事とペアリングしやすいワインを、お酒を召し上がる方にプレゼンテーションするのであれば、なおさらです。
高岡そうですね。しかし、和食には、旬の素材や繊細な味つけなど、さまざまに複雑な味わいが混在しています。「魚には白、肉には赤」というような解りやすい目安を立てるのは、難しいのではないでしょうか?
森上ここ3年くらい、そのマリアージュのテキストをさんざんに作り込んできたのです(笑)。
高岡それは、すごい!
森上ポイントのひとつは「酸」です。そもそも和食には、味覚の要素として酸味が非常に少ないのです。酢の物など、積極的に酢を使った料理を除いてはね。
高岡ああ、そうですね。
森上そこにワインをマリアージュさせるヒントがあります。ワインの味わいの大きな特徴に「酸」がある。酸味の足りない和食の味覚の構造にワインの酸を補うことで、俄然バランスが良くなるのです。
高岡そうして味覚の円グラフが、円満になるわけですね。
森上花崗岩や石灰岩土壌で育まれたぶどうから造られたワインには「綺麗な酸が素直に出る」という傾向があります。したがって、そのような土壌で育まれた酸の綺麗なワインは、和食とマリアージュしやすい─ということができるのです。
高岡なるほど! そういう目安になる理論があれば、インポーターさんも、和食店に自社のワインをおすすめしやすくなりますね。
森上ふたつ目のポイントは「旨味」です。鰹節のイノシン酸、昆布のグルタミン酸、椎茸やキノコのグアニル酸などの旨味は、和食のベース。したがってワインにも旨味があると、和食に寄り添いやすいのです。
高岡「酸のあるワイン」が補完的であったのに対して、こちらは寄り添うタイプのマリアージュですね。
森上そうです。発酵や熟成の過程で樽を使用したワインや、石灰質土壌に由来する「旨味をもつワイン」がおすすめです。
高岡そういう科学的な理論を持っていると、営業的にもアプローチしやすい!
森上三つめは、和食に添えられる薬味のニュアンス。葱、大葉、茗荷、生姜などの薬味は、いってみればハーブですから、ハーバルなニュアンスをもつワインと相性が良いのです。それに旬を大切にする和食では、素材そのものも香り高いものが多く使われますよね。そういう香りにワインのアロマを寄り添わせていくわけです。
高岡なるほど、そういう風に解説していただくと難しくないですね。和食のお店の方にも、ワインの良さを伝えやすい。
森上そもそもワインは発酵食品。醤油、味噌、みりん、日本酒などの発酵調味料を多用する和食には合わせやすいのです。タンニンがこなれ、酸味がまろやかになった熟成感のあるワインや、マロラクティック発酵を行ったワインの旨味や芳醇さは、和食の味わいを相乗効果で引き立ててくれます。今、この時期だからこそ、和食にワイン!
高岡もうひとつ、今この時期だからこそ、和食店にワインを導入していただきたい理由があるんです。
森上時期的なタイミングですね。
高岡はい。2016年の訪日外国人推計値は約2404万人(日本政府観光局調べ)、消費額はおよそ3兆7476億円(国土交通省観光庁調べ)で、いずれも過去最高を記録しています。2020年の東京オリンピック・パラリンピックを控え、今後、インバウンドはさらに拡大していくはず。これから外国人観光客の数は増える一方でしょう。
森上そうですね。
高岡観光庁の統計では、訪日外国人の最も大きな目的が「和食を堪能すること」なんですよね。
森上おっしゃるとおり、北海道のニセコにスキーを楽しみに来るオーストラリア人観光客は、必ずといってよいほど東京に寄り、和食を食べて帰られます。
高岡オーストラリアの人たちがたくさんいらっしゃるので、ニセコではオーストラリアワインの消費がものすごく多いといいますね。
森上長野の白馬でも、ワイン消費が増大しています。白馬は東京から近いこともあって、このところ外国人観光客が急激に増えているようです。
高岡そういう、外国の方がたくさん訪れる地方の旅館などでワインを導入してくれると、地方でのワイン消費が増えますよね。
森上伸びしろとして、かなり期待できますね。
高岡先程の「マリアージュ理論」が武器になりそうです。
森上もちろん、そういう一面もありますが、高級和食店と異なり、地方の旅館にプロフェッショナリズムを求めるのはちょっと難しい─ということもあるでしょう。その際は「冷蔵庫でガチガチに冷やしても美味しい白ワイン」や「厳しく温度管理しなくても味わいがボケない赤ワイン」など、適材適所の対応が親切だと思います。
高岡なるほど、それぞれの場所や使われ方に合うワインの見極めが大切なのですね。
高岡外国人観光客対応として、和食店にワインをおすすめしたい理由がもうひとつあります。
森上なんでしょう?
高岡私たち日本人は、あたり前のこととして受け入れていますが、日本酒にはかなりの残糖があります。日本酒の残糖分をワインと比較すると、かなり甘口のワインに匹敵するんですよね。
森上そうですね。
高岡「和食には日本酒が合いますよ」とおすすめすると、大抵の外国人の方は「美味しいね。合いますね」とおっしゃいますが、しかし、ボトル一本……つまり、四合瓶一本の日本酒を飲むのは、彼らには相当辛いようなんです。
森上甘すぎて、飲みきれないのでしょうね。私は、西欧料理のマリアージュには決して日本酒は出しません。ごく一部の例外を除いては、日本酒は合わないと思います。アクセントとするソムリエさんもいますが、日本酒の甘さが影響してワインが出にくくなってしまう。
高岡だからこそ、和食店にワインが置いてあると、外国人観光客へのホスピタリティーが高まると思うのです。2020年を控えた今、必要なサービスとして。
高岡具体的に、和食に合うワインとは、どんなものなのでしょうか?
森上タイプはさまざまです。スパークリングワインでも良いし、白ワインでも、赤ワインでも。
高岡白ワインだと、どんなものでしょうか?
森上白は、先程もいいましたように、酸味とミネラル感のあるもの。高くないワインでも充分です。国でいうと、イタリアの地場品種は使い勝手が良いですね。品種でいうと、フィアーノ、アルネイス、ガルガーネガなどなど。上手にマリアージュさせると、和食の料理にピタリとはまります。
高岡地理的要因でいうと、クールクライメットということもありますね。
森上そうですね。冷涼な気候の、酸の綺麗な、抑制の効いたワインであれば、白でも、赤でも、和食との相性は良いでしょうね。
高岡和食のジャンルでいうと?
森上スペインやポルトガルのワインも、アプローチポイントが多いので、ピンポイントでピタリとくるアイテムが多いですよ。たとえばスペインのアイレンなどは、サバやアジ、さらにフグのお造りにもヒットします。アイレンは、マドリッドやラ・マンチャをオリジンとする内陸の品種なのですが、不思議とお刺身にマリアージュするんですよね。
高岡赤ワインでは?
森上赤ワインは、樽のニュアンスが強すぎないもの。どちらかといえば低価格帯で、丁寧に造られているものが、和食とマリアージュさせやすいですね。
高岡タンニンはどうでしょう?
森上タンニンの強い、弱いではなく、造り手を選ぶといいですね。抑制的な造りの赤ワインだと、タンニンがあっても、和食にピタリとくることがあります。驚くほど相性の良い、ネッビオーロやテンプラニーリョがありますよ。和食店に「ワインを導入すると、こんなに良いことがありますよ」とアプローチしよう!
高岡ここ最近、ワインコンプレックスの試飲会に、和食店の方がいらっしゃることが多いんですよ。やっぱり和食店の方たちも、ワインに興味をもっておられるのでしょうね。
森上若手の料理人数名で切り盛りしている和食店など、感覚の良いお店の人たちはそうですね。売り上げを伸ばすには、ワインというアイテムが欠かせない、ということが解っているのです。和食ばかりではなく、中華やアジアンでも同じことがいえると思います。
高岡ワインはまた、コミュニケーションツールとしても優れているように思います。カウンターでお客様と対峙するスタイルの????たとえば、天ぷらやお寿司の業態では、接客の助けにもなるでしょうし。
森上お店で提供されている料理に、オリジナルセレクトのワインがあると、そのマリアージュが気に入ればお客様はお店のファンになってくれる。ワインが、リピーターを呼ぶのです。何故か日本酒やビールでは、なかなかそういう関係性が築きにくいんですよね。
高岡そもそも、和食店でワインを扱っている割合はどのくらいなのでしょう?
森上概ねですが、ワインをすでに導入しているお店でも、日本酒が6割、ワインが2割、残りがビールとノンアルコールドリンク、といったところでしょうか?
高岡すでにワインを扱っているお店でさえそうなら、扱っていないお店の伸びしろは、まだまだ大きいということですね。そうすると和食店に対して、「ワインは和食に合います」ではなく、「ワインは儲かります」というアプローチもアリ、ということですよね? もちろん、その儲けには、お客様満足度もともなうわけで……。
森上「うちは和食店だから、ワインだけは絶対に扱わない!」という人もいますけどね(笑)。それはやはり、自分が解らない飲み物は扱いたくないからなんですよ。だから、そういうお店に対して、大将がワインをもっと理解できるように、解りやすい道筋を立ててアプローチしてあげると良いのです。
高岡「ワインを導入すると、こんなに良いことがありますよ」って(笑)。ビバレッジの売り上げがこれだけ上がった、という森上さんの数字を見せれば、みんなやりたくなるんじゃないかなあ。
森上インポーターさんにこれから求められていく役割がそこなのかもしれませんね。ワインをまったく知らないお店の人に、マニュアルを示すこと。いわゆる「ワインのうんちく」ではなく、マリアージュの理論や保存の方法、セラーやグラス選びなどの簡単なポイント。そして、いくらで提供すれば、いくら儲かりますよ――という数字の明示も。
高岡現状として、なかなかそこまでの営業は難しいのかもしれませんが……。
森上でも、そこを頑張っているインポーターさんもいらっしゃいますから。
高岡これは一例ですが、ある営業マンのお話です。焼肉店にワインを導入してもらおうと、そのお店に通い、そのお店の肉の種類や味付けを、お店の方と徹底的に研究し、これはというワインをはじきだしたのです。
森上立派ですね。
高岡のちに、その焼肉店はチェーン店化し、とても大きくなったのですが、今でも「共に研究したインポーターさんのワインしか使わない」と、義理を立てているそうです。これは、そのインポーターさんというより、営業マンの努力の賜物でしょうね。
森上みんながみんな、その営業さんのようにはできないかもしれませんが、攻めるべき先や視点を変えることは重要です。今回、高岡さんが「和食とワイン」というお題を設定されたのも、そういうことですよね?
高岡そうです。
森上たとえば、イタリアワインを扱っているインポーターさんが攻めるべきは、もうイタリアンではないのです。たとえば、最近のイタリアンでカラスミをよく使いますね。日本人は魚卵が好きですから。
高岡好きですね。
森上しかし、カラスミに合うイタリアワインはなかなかないのです。合わせやすいのは、ニュージーランドなどニューワールドのオフドライ。ゲヴュルツトラミネールなどがしっくりはまる。イタリアンレストランでも、イタリア以外のワインを受け入れ、ビビットな合わせ方をしているというのが、現在の人気店のマリアージュなんです。
高岡いわんや、和食、中華、アジアンも……。
森上そうなんですよ。たとえば、和食のお椀にはフィアーノがよく合う。コンソメに合わせる感じで、相性が良いのです。フィアーノって、そんなに高いワインではないでしょう? 貯め込まずに、どんどん回転させることができるからロスも少ない。和食店の大将が技をこめたお椀を出しながら、「これ、フィアーノに合うんですよ。グラスでいかがですか?」なんておすすめしてくれたら、「素敵なお店だなあ」と、思いますよね。
高岡和食のコースには、お造り、焼物、煮物、揚げ物とさまざまなメニューがありますから、ワイン1本で通すよりも、それぞれに合うワインを、グラスで提供するというアプローチは、お客様にも親切ですね。
森上インポーターさんには常々、自社のポートフォリオのワインそれぞれに「これが合う」というおすすめを持ちなさい――といっています。Aというワインがあるとして、和食ならこれ、中華ならこれ、アジアンならこれが合う、という「決め手」をつくっておく。そのうえで営業をかければ、売り込む際の自信にもつながるでしょう?
森上自分たちのポートフォリオを知り、それが世界でどのように評価されているかをわきまえ、相手先の料理にマリアージュさせる――手間はかかるかもしれませんが、そうすることで和食店さんとも信頼関係が生まれると思います。
高岡これは私の印象ですが、インポーターさんは、自分たちのアイテムはよくご存知ですけれど、なかなか他社のワインを飲む機会がないんじゃないかと思うんですよ。
森上そういうことはあるかもしれませんね。
高岡他社の試飲会に行くのは、照れもあるでしょうし。しかし、他と比べることで、優劣ではなく、自社ワインのアピールポイントが明確になるということもあると思うんですよね。
森上その通りですね。
高岡実は、ワインコンプレックスの試飲会が、そういう場になるといいな――と思っていましてね。今後は、試飲会の前か後に、インポーターさん同士が交流できる時間をつくるなど、工夫していきたいと考えているのです。時間的な制約もあって、なかなかそういう時間をとれないのが現状なんですけどね。
森上「灯台下暗し」ではダメなんですよね。自社ワインだけで完結しないで、マーケットニーズを業界全体でとらえていくことが大切。それには、情報交換は必須です。
高岡まだまだ課題は多いのですが、ワインコンプレックスをそういう「業界全体を盛り上げていく場」にしていきたいと思っています。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。