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ワイン文化や食のトレンドの最先端をいく都市─といって過言ではない東京には、ワイン業界のあらゆる情報が集まり、そして発信される。

なるがゆえに飲食店に求められるものも大きく、トレンドは常に移り変わってゆく。こうした風土に、ワインはどのように切り込んでいくべきか?

地方において、酒界の指導的立場にある方々からは、「お酒を提供する飲食店が、まだまだワインを理解していない。ここの知識レベルを上げていく必要がある」というご意見を、しばしばうかがう。

しかし、こと東京に関しては、状況は大きく異なるようだ。

「レストランの皆様に対する食材及びワイン等の供給を通じ、日本に於ける洋食文化発展に資する事」を企業理念にかかげ、18000アイテムにもおよぶ酒類や食品を主にレストランなどの飲食店に供給している株式会社TATSUMIのワインディビジョンセールスマネージャー長島美一氏は、次のように語る。

「東京の飲食店、特に高級レストランにおつとめのソムリエさんたちは、とにかく情報を豊富に持っておられます。東京では、各インポーターさんの試飲会もしばしば開催されますから、どこの国の、どういうワインが注目されているかという情報ばかりでなく、そのワインの味わいも経験されている。したがって、東京の、特にレストランさんを主なお客様として想定している酒販店には『まだ知られていないワインのストーリーをご紹介する』ということは、それほど求められていないように思います。」

では、東京の酒販店が、お客様から求められているものとは?

「レストランやビストロのソムリエさんが私たち酒販店に求めておられるのは『、自分たちが欲しいワインを、素早く供給すること』です。ソムリエさんたちは、すでにピンポイントで欲しいアイテムが決まっている。それをどれだけ正確に、素早く供給できるか、ということが、東京の酒販店の課題です。」

たとえば、ひと口に「ナチュラルワイン」といっても、各飲食店によって求めるものの毛色は微妙に異なる。そうした、個々のお客様の需要に応えていくために、どうしても取り扱い品目は多くならざるを得ない、と長島氏。多品種、小ロットでどれだけ数を揃えられるかが、どうしても課題になるという。

ちなみに、株式会社TATSUMIの試飲会には、およそ3000名が来場する。こうした、膨大な数のお客様と信頼関係を築いていく背景には、並々ならないホスピタリティーが必要となるだろう。

「私たちの仕事は、お客様が欲しいワインを届けることに特化している、と言ってよいでしょう。今日来たワインを、必要としているお客様に今日届ける。とにかく、お客様のご要望に応えること。それにはスピードも求められますね。」

ワイン、ビール、日本酒を中心とする酒類の業務卸として、首都圏に2500軒以上のお客様をもつ株式会社柴田屋酒店、取締役管理本部本部長渡辺高志氏は、最近特に、お客様から求められるワインが二極化していることを強く感じる、という。

「安いワインを求めるお店では、1000円もしくは1000円以下のアイテムが主力です。1500円では、もう高すぎてしまう。その一方で、高級ワインを求めるお店は、 5000円から8000円以上のアイテムが主流。その中間層が、伸び悩んでいる感じですね。」

その背景として渡辺氏は、ボルドーやブルゴーニュ、さらにはニューワールドながらも実績を重ねたカリフォルニアなど、古くから知られた生産地のワインが高騰していることを指摘する。

「有名な、伝統産地のワインは、数の制約もありますから、どうしても高価になってしまいます。そうなると、飲食店でワインを売る場合、やり方として『リーズナブルなワインで回転率を高く』のもうひとつの極に傾いてしまう。」

そうした状況への新風として、渡辺氏が推奨するのは「ロゼワインの活用」である。

「ヨーロッパでは、すでにロゼワインの有用性が広まり、定着しています。食事に合わせるのにとても便利なワインである、と。」

和食が世界文化遺産に登録されたことからも伺えるように、世界的に食のライト化が進行している。フレンチにおいてもイタリアンにおいても、また中華料理のジャンルでさえも、素材の良さを際立たせた、ライトな味わいがトレンドである。そうした、飲食業界の世界的傾向に、ロゼワインはとても相性の良いアイテムなのだ。

「日本では、『甘い』というイメージが払拭しきれないのか、なかなかロゼワインが『食事に合うワインである』という知識が、ユーザーさんに普及しない。辛口で、すっきりとしたロゼも多いというのに。もちろん、ソムリエさんの多くは、ご存知ですが。ですから、東京の飲食店の情報発信力を活かして、ロゼワインを食中酒として普及させれば、中間的な価格帯のワインにも、陽があたると思うのです。」

ロゼワインといえば、ブイヤベースとのマリアージュが知られる。日本人の多くが好む魚介とは、そもそも相性が良い。

「ロゼワインは魚だとか、肉だとか、素材も幅広く包括します。料理のジャンルも、あまり問いません。和食はもちろん、中華やアジアンにも合います。たとえば焼き鳥屋さんにあったりしても、とても使いやすいお酒だと思いますよ。」

千葉県に本拠を置き、都内でも日本酒、ワイン、本格焼酎など酒類全般および調味料等の業務用卸、一般小売、一般卸を展開。また、ワインの輸入や日本酒、本格焼酎の輸出業務にもたずさわる株式会社いまでやの営業戦略チーム・ワインスーパーバイザー小山良太氏は、東京ならではの消費者の傾向を次のように分析する。

「うちは、85%のお客様が飲食店様。 BtoCは15%ほどです。そんな中で、関東一帯の飲食店の方がたと一緒に、ワインだけでなく日本酒なども含めて、『お酒を飲むシーン』にこだわり続けてきました。そうした取り組みのひとつが、料理とお酒のペアリング。うれしいことに、最近さまざまなシーンで、『ペアリングの精度が高くなってきたな』と、肌で感じます。ソムリエさんはもとより、飲食店の従業員の方たちも、料理とワインの相性を考えるようになっていますし、飲食店を利用するお客様も、相性を考えて注文される方が多い。そういう意味では、ワインを飲むシーンが、ひとつ次の段階に進んだな、と思います。」

では、次の課題は?

「その一方で、『ペアリングの精度にあまりこだわらなくてもいいんじゃない?』という飲み方をされる消費者の方も、出はじめてきています。全くこだわらないのではなく、料理との相性を心得たうえで、もう少しシンプルに、気軽にワインとお食事を楽しもう─というスタイルですね。これは、さらに心地よく食のシーンを楽しみたい、という志向のあらわれだと思います。」

こうした志向のお客様に対しては、飲食店のサービスもおのずと変わっていく。

「古典的な、しっかりとしたサービスをしてくれるソムリエさんにすべてを任せきりにする快感も、確かにあります。しかし、『気楽に、自分たちのスタイルで楽しみたいよ』というお客様には、あまり過剰でないサービスをする必要があるでしょうね。どうしたらお客様が、より心地良い食のシーンを楽しめるかを考えてサービスすることが、酒販店にとっても、飲食店にとってもこれからの課題です。もちろん、こういうことはこれまでもずっとやってきたことなのですが、それが少しずつかたちを変えていくのでしょう。知識から、楽しみ方に。教育ではなく、楽しむという方向に。やっていることは結局同じなのかもしれませんが、やり方を変えて、いろいろな意味で多様に。時代とともに、アジャストしていかないと。」

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2017年の訪日外国人数は、前年比19.3%増の約2869万人。消費額はおよそ4兆4161億円で、どちらもJNTOが統計をとりはじめた1964年以来最高。2020年に東京オリンピック・パラリンピックを控えて、以降も毎年20%弱の伸び率が想定されている。つまり、2020年にはインバウンドは3000万人を超える、と予測されているのである。そうしたインバウンドの人びとが日本観光の目的として第一位にあげるのが、「日本食を食べること」である。

小山氏は次のように指摘する。

「ホテルや高級旅館のワインの取り扱いの速度があがってきていることは、肌で感じます。これは、東京だけでなく、地方でも。おそらく全国的なものでしょう。その中で特に動きを感じるのが、日本酒や日本ワインですね。この傾向は、 2020年までは変わらない、止まらないと思います。観光で日本を訪れた外国の方がたは、やはりこの国のお酒を飲んでみたいと思うでしょう。」

インバウンド需要に応えるべく、渡辺氏も日本ワインには注目している。

「日本ワインの市場は、確かに広がってきていますね。取り扱い量も増え、それにともない品質も高くなってきていると感じます。特に人気なのは、長野や北海道の冷涼な地域のもの。綺麗な酸は、和食ともとても相性が良いですから。しかし、量が少ないので、手に入れるのが大変です。」

日本ワインに対して、長島氏は次のように提案する。

「日本ワインにはとても注目しているのですが、最初にお話ししたように、多品種、小ロットという飲食店さんのご希望に、現状の日本ワインはなかなか合致しない。日本ワインの造り手さんには、多品種、小ロットでの出荷に取り組んでいただきたいですね。値段を安くすることよりも、その方が伸びしろがあるように思います。日本ワインの需要は確実にあるわけですから、なんとかこれを広げ、伸ばして、みんなのチャンスにしていきたい。造り手、飲食店、酒販店─なによりお客様が、みんな幸せになれる。日本ワインをひとまとめにして、いろいろと面倒を見てくれるナニかが、できないものでしょうか?これは切なる願いです。」

株式会社TATSUMI

1954 年設立。「レストランの皆様に対する食材及びワイン等の供給を通じ、日本に於ける洋食文化発展に資する事」を企業理念にかかげ、斯界を牽引している。

長島美一氏

長島美一氏(株式会社TATSUMI)株式会社TATSUMIワインディビジョンセールスマネージャー。社内ワイン部門において、活躍。「食文化を深く追求すること」にこだわりワイン文化の普及につとめている。

株式会社柴田屋酒店

1935年設立。酒販業界において特色ある存在を目指し、10数年前にワイン、ビール、日本酒を中心とする酒類の業務卸に。現在では首都圏2,500軒以上のお客様と取引がある。

渡辺高志氏

渡辺高志氏(株式会社柴田屋酒店)株式会社柴田屋酒店取締役管理本部本部長。ワイン提案力で日本一を目指すべく、全社員がソムリエ資格取得を目指し、今 では20名以上の有資格者を抱える。

株式会社いまでや

1962 年創業。63 年会社設立。「幸せは美味しいお酒から」をモットーに。業務卸売、一般小売、飲食、輸出入など多方面に事業を展開させている。

小山良太氏

小山良太氏(株式会社いまでや)株式会社いまでや営業戦略チーム、ワインスーパーバイザー。お客様が困った時にはいつも思い出して貰える存在になるために、タイムリーな情報発信、サービスを心掛けて業務に従事。

※本記事は、2018年10月17日に八芳園で開催された「ワインコンプレックス International 2018」会場パンフレットより転載いたしました。
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